【二宮くらし ⑤】~変わる町、変わらない人。100年続く乾物屋が見てきた、二宮の暮らし~

「全部、おばあさんの教育ですよ。」
そう話す田邊さんの言葉が、取材を終えた今も印象に残っている。
創業100年以上。
二宮駅前で乾物店を営む海産物田邊。
鰹節や昆布、椎茸など、日本の食卓を支える食材を扱い続けてきた老舗だ。
今回話を聞きたかったのは、乾物のことだけではない。100年以上続く店の三代目として見てきた二宮の風景。
そして、田邊さん自身がどんな環境の中で育ち、どんな価値観を受け継いできたのか。
そこには、今も変わらない二宮らしさがあった。
海で野球をしていた頃

田邊さんが子どもの頃の二宮には、今のような遊具も整備された公園もなかった。
学校が終わると、自然と海へ向かった。
西湘バイパスがまだなかった頃。
海は今よりずっと身近な遊び場だった。
砂浜で毎日のように野球をしていたという。
昭和35年頃の二宮海岸

写真:二宮町ホームページ掲載資料

その頃の思い出で、今でも鮮明に覚えていることがある。
遊びに行く前には、家の仕事を手伝わなければならなかった。
乾物を入れる段ボール箱を作る作業だ。
「早く野球に行きたいからね。」
すると、一緒に遊ぶ友達が家に集まり、みんなで段ボール作りを手伝ってくれたという。
「10人くらい来てたかな。」
早く仕事を終わらせて、一緒に遊びに行くためだった。
今となっては何気ない思い出かもしれない。
けれど、その話には当時の二宮の空気がそのまま残っているように感じた。
おばあちゃん子だった

「私はおばあちゃん子だったから。」
そう言って田邊さんは笑う。
共働きだった両親に代わり、幼い頃から一緒に過ごしたのは祖母だった。
食卓を囲みながら。
日々の暮らしの中で。
人との接し方や生き方を教えてくれたという。

「人間はこうあるべきだっていうのは、全部おばあさんの教育ですよ。」
その言葉には迷いがなかった。
商売の話を聞いていても、
人との付き合い方の話を聞いていても、
どこか一貫した価値観を感じる。
その原点は、祖母との時間の中にあったのかもしれない。
変わった町、変わらないもの

田邊さんが子どもの頃の二宮駅前には、今よりも多くの個人商店が並んでいた。
栄通りには活気があり、地域の人たちの日々の暮らしを支える店が軒を連ねていたという。
今も営業を続ける店はあるものの、町の風景は少しずつ変化してきた。
それでも田邊さんの話を聞いていると、不思議と寂しさばかりは感じない。
変わるものもある。
変わらないものもある。
そんな自然な時間の流れを受け入れているようだった。
信用を商う

長く商売を続ける中で、変えたくなかったものは何ですか。
そう尋ねると、返ってきた答えはシンプルだった。
「信用ですよ。」
美味しいこと。
安全であること。
それは商売の前提条件。
その上で大切なのは、人との信頼関係だという。
「田邊に任せておけば大丈夫。」
そう思ってもらえること。
それが何より大切だった。

取引先の担当者やバイヤーとの積み重ねが、新しい商品の提案や販路の拡大にもつながってきた。
100年以上続く店を支えてきたのは、商品だけではない。
人との信用だった。
出汁に代わるものはない

便利な食品が増えた今の時代。
乾物や出汁の価値をどう考えているのだろう。
「昔からのものは、代わりがないんじゃないですか。」
そう話す。
ただ、それを誰かに押し付けるつもりはないという。
「使う人は使うし、使わない人は使わない。」
「分かってくれる人が使ってくれればいい。」

全員に評価されなくてもいい。
必要としてくれる人に届けばいい。
その言葉には、長く商売を続けてきた人ならではの穏やかさがあった。
二宮の魅力は、人

二宮の好きなところを尋ねると、田邊さんは迷わず答えた。
「やっぱり人だよね。」
田邊さんが育った時代、小学校も中学校も一つだった。同級生はもちろん、その兄弟や家族のことまで自然と知っていた。
今でも弟の同級生と一緒にゴルフへ行くことがあるという。
二宮では、人とのつながりが無理なく続いていく。
干渉しすぎるわけではない。
けれど、どこかでつながっている安心感がある。
そんな程よい距離感が、この町には今も残っている。
移住者からも「二宮の人は優しい」と聞くことが多い。
田邊さん自身も、その言葉に深くうなずいていた。
年上と付き合え

取材の最後。
次の世代に伝えたいことを尋ねると、田邊さんはこんな話をしてくれた。
「若い人も年上と付き合った方がいい。」
高校時代の同窓会組織。
商工会活動。
地域活動。
若い頃から年上の人たちと酒を飲み、話を聞き、一緒に時間を過ごしてきた。
それが自分の財産になったという。
町長も。
議員も。
商工会の先輩たちも。
二宮では肩書きを越えて人と人がつながっていく。
会議が終わった後の何気ない会話。
二次会や三次会。
そんな時間の中から信頼関係が生まれ、新しいアイデアが生まれる。
それもまた、田邊さんが大切にしてきた二宮らしさなのだろう。
少し遅れているくらいが、ちょうどいい

最後に、
「二宮らしい暮らしとは何ですか?」
と尋ねた。
少し考えた後、田邊さんはこう答えた。
「アナログ的かな。」
「少し遅れているくらいが、ちょうどいいんじゃないの。」
効率やスピードが求められる時代。
けれど、人と人が顔を合わせて話し、
世代を超えて交流し、
地域の中でゆるやかにつながっていく。
そんな当たり前の関係が、二宮には今も残っている。
町の風景は変わった。
商店街の店も減った。
それでも変わらないものがある。
海で野球をしていた少年時代。
友達と一緒に作った段ボール箱。
祖母から教わった生き方。
そして、人とのつながり。
100年以上続く乾物屋の話を聞きながら、
二宮らしさとは何かを改めて考える時間になった。
海産物田邊

削りたての鰹節の香りが漂う店内には、どこか懐かしい時間が流れています。
100年以上続く商いの先にあるのは、二宮の食文化と人のつながり。
この町らしい暮らしを感じたい方に、ぜひ訪れてほしいお店です。
写真:写真館じゅんじゅん