【二宮くらし⑥】 ~「静かだったんです」植物とともに、居場所を育てる。RUPA 谷田部 彩さん~

「静かだったんです。」
二宮のどこに惹かれたのですか。
そう尋ねると、彩さんは迷うことなく答えました。
海も山も近い。でも、それだけなら湘南には他にもたくさんあります。
二宮には、観光地の賑わいではなく、人が日々を営む穏やかな時間が流れていました。
その静けさこそが、長年、自分の居場所を探し続けてきた彩さんの心に、そっと寄り添ったのだと思います。
「帰ってきた」そう思えた町

植物のアトリエショップ「RUPA(ルーパ)」を営む谷田部彩さん。生まれ育ちは横浜です。
設計事務所で働き、葉山で暮らし、植物を学ぶため農業の世界へ飛び込み、藤沢で生産農家として働く。
湘南エリアを中心に、さまざまな街で暮らしてきました。学生時代から、自分の居場所を探すように旅を続けてきたと言います。
「どこにいても、どこか落ち着かない感じがあったんです。」

そんな彩さんが約10年前、初めて二宮を訪れました。当時住んでいた古い平屋を退去することになり、新しい住まいを探していた頃です。
条件は、海の近くで、自分たちの手で手を加えられる古い家。毎日のように物件を探していた中で見つけたのが、太平洋不動産で募集していたDIY可能なアパートでした。

初めて二宮へ来た日、吾妻山へ登りました。
山頂から海を眺めた瞬間、心が決まったそうです。
「街のことは何も調べていませんでした。
でも、スーッと足が着く感覚があって。
『あ、帰ってきた。』って思ったんです。」
その時は、まだ何も始まっていませんでした。
でも彩さんには、その直感だけで十分だったのでしょう。
自分たちの手で暮らしをつくる

紹介したアパートは、かなり傷みが進んだ古い建物でした。当時としてはまだ珍しかった「DIY可能」の賃貸住宅。ご主人はテントを張って泊まり込みでリフォームを行い、彩さんは毎日のように通って掃除を続けました。
「一歩路地に入ると車もほとんど通らなくて、山に包まれたような静けさがあったんです。
小さな橋を渡って家へ向かう道も、まるでトトロの世界みたいで。あのワクワク感は今でも忘れられません。」
古い建物を、自分たちの手で少しずつ居場所へ変えていく。その時間そのものが、二宮での暮らしの始まりでした。
植物があることで生まれる暮らし

「植物が好きだったから、この仕事を始めたわけではないんです。」
そう聞いて少し驚きました。
幼い頃、実家の庭に咲くガクアジサイを母が学校へ持たせてくれたこと。
教室に飾ると、先生や友達が喜んでくれたこと。
そして設計事務所時代、家だけではなく庭や暮らしまで提案する仕事に出会ったこと。
さらに研修で訪れたメキシコでは、建築家ルイス・バラガンの「色・光・植物」が調和した空間に衝撃を受けました。

「建物だけじゃなく、その場所でどう暮らすか。
植物は、その暮らしを豊かにしてくれる存在なんです。」
だからRUPAで伝えたいのは、植物そのものではありません。植物と色があることで生まれる空気。
心が少し穏やかになる時間。
そんな暮らしを提案する場所でありたいと話してくれました。
「RUPA」という名前

「RUPA(ルーパ)」という名前は、サンスクリット語の「色」に由来しています。
ただ、それは単なる色彩ではありません。
「存在するものは移ろい続ける。」
そんな意味を持つ言葉です。
植物も庭も、人の暮らしも、少しずつ姿を変えながら、それでも確かにそこに存在している。
その考え方が、彩さんの仕事の根底に流れています。
庭をつくるのではなく、その人らしい暮らしを育てる

現在は庭づくりや植栽デザインも手掛けています。
でも、彩さんは「私らしい庭を作りたい」とは言いません。
何より大切にしているのは、
「その人が、どんな暮らしをしたいのか。」
まずは、その人の想いを聞くこと。
どんな時間を過ごしたいのか。
植物とどう関わっていきたいのか。
庭は完成して終わりではなく、その後も植物とともに暮らし続けていくもの。
だから、お客様と一緒に庭を育てていく感覚なのだそうです。
これからのテーマは「還すこと」

最近、植物との向き合い方にも変化がありました。
「庭をつくるということは、人間の都合で植物を切ったり壊したりしていることでもあるんです。
だから最近は、元の姿に還すことも大切にしたいと思うようになりました。」
今後挑戦したいのは、二宮にもともと自生していた在来種を育てること。その土地が本来持っていた自然を未来へつないでいくこと。
「植物を通して、少しずつ自然へ返していけたら。」
そう話す彩さんの表情がとても印象的でした。
居場所を育てる人

実は彩さんとは、私も長いご縁があります。
DIYアパートのご紹介から始まり、現在のRUPAとなった空き家、そして「梅沢ハウス」のリノベーションまで、さまざまな場面でご一緒してきました。
完成した梅沢ハウスを見た時、
「お願いして本当に良かった。」
そう伝えると、彩さんは少し照れながら、
「何が正解なのか分からないんですよね。」
と笑います。
建物ごとに答えは違う。
だからこそ、その場所が持つ魅力を丁寧に引き出したい。彩さんの仕事には、そんな想いが流れているように感じます。
子どもたちの故郷

最後に、こんな質問をしました。
「また、次の町へ行きたいと思うことはありますか?」
彩さんは笑いながら首を振ります。
「子どもたちの故郷になる町を探していたんです。
今までは3〜4年ごとに『次はどこへ行こう』って考えていました。
でも、子どもたちが『二宮から出たくない。』って言ってくれるんです。
だから、しばらくはここで暮らしたいですね。」
ずっと自分の居場所を探し続けてきた人が、今度は子どもたちの故郷を育てている。
その言葉を聞いて、とても嬉しくなりました。
編集後記

取材を終えて感じたのは、彩さんは「植物を育てる人」というより、「居場所を育てる人」なのだということです。
古い家の魅力を引き出し、庭を育て、人と植物をつなぎ、人が心地よく過ごせる空間をつくる。
そして、自分自身もまた、この町でゆっくりと根を張りながら暮らしています。
二宮には、派手な観光地のような賑わいはありません。でも、この町には静かな日常があります。
その日常を大切に思い、この町で暮らし、この町を育てている人たちがいます。
彩さんも、その一人です。
そんな人たちが少しずつ増えていくことが、二宮という町の豊かさなのだと、改めて感じた一日でした。
Photo:写真館じゅんじゅん
RUPA
植物と色のある暮らしを提案する、小さなアトリエショップ。静かな小道の先で、今日も植物たちが迎えてくれます。営業日や最新情報は、Instagramをご確認ください。